筆者は北京で旅行を学ぶ大学院生。妻は中国人。明るい話題の少ない日中関係ですが、将来に向けて建設的な提案を行なっていけたらと思ってます。末永くよろしくです。
by t-kume
S M T W T F S
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31


<   2005年 11月 ( 8 )   > この月の画像一覧

麻生晴一郎さんに会う

ブログを通して知り合った、作家の(という肩書きでいいのかどうか…)麻生晴一郎さんにお会いした。麻生さんのブログで北京に来ているという事を知ったので、ダメもとで「うちに来ませんか?」と、お誘いを入れてみたのだ。お忙しいところ、わざわざお時間を割いていただき、木曜日の夜、我が家でお話を聞かせていただいた。三時間ほどの短い時間だったが、僕にとっては1学期分の授業を受けているような、内容の濃いものだった。

来ていただくことになった後、実はちょっと後悔していた。僕は麻生さんの本を一冊も読んだ事がなく、先輩に話を伺うインタビュアーとしては失礼だと思ったからだ。ただ、そんな僕の心配をよそに、麻生さんは僕のブログに予め目を通していてくださり、話したい事を準備していてくださったようだ。

学んだ事はとても多く、まだ完全に消化し切れていない部分もあるので、ここに全部を書くことはできないのだが、印象に残ったところをいくつか書いておく。

「『日中の』友好が必要だとして」そのために何が必要かとなった時に、「共通の話題」について交流するというお話があった。麻生さんは具体的に「民主」と「芸術」というキーワードを挙げられた。これは麻生さんの問題意識がそうさせたのであるから、もっといろいろなキーワードがあってもいいだろう。僕は麻生さんのように言葉にできないでいたが、日本語を教えているうちに「テレビゲーム」や「漫画」が、何かを突破するきっかけになるのではないかと漠然と考えていた。
そして、このようなキーワードを通してお互いを知るようになった人たちは、「反日」「嫌中」となった時に、「日本」「中国」というくくり方に違和感を覚えるのではないかということだった。そしてこの違和感が抑止力になるということ…。

反日デモの時、麻生さんはデモをその眼で見たそうだ。そしてデモを、「横浜スタジアムの横浜阪神戦」という言い方で表現していた。あまりにも適切なたとえで、他の言葉に置き換えると原義が壊れてしまいそうなので、そのまま引用しておきます。
今回のデモの際、日本では「政府がデモを野放しにしている」との批判が出た。だが、抑制を中国「政府」に求める事自体、すでにおかしいのではないか。民間に抑止勢力が育っていない事、その方がよっぽど問題ありなのではないか…。これは目からうろこだった。「民主」の問題とからめても味わいがある。

そして、麻生さんのブログにもあった、「インサイダーとしてしか活動し得ない政治評論」のお話。…が、これは書きません。「書きません」と書いておくことで、それが何かのメッセージになってしまうかも知れず、またそれを狙っているわけでもありますが…。

この他にも、たくさん興味深いお話があったのだが、特に「民主」の問題については、私の知識不足で吸収できない部分が多く、残念だった。中江兆民など、今後勉強して行きたい。

麻生さん、今回は拙宅にわざわざお越しいただき、本当にありがとうございました。そして、木曜日から予定が変わっていなければ、明日には日本へ帰国の予定ですね。どうぞお気をつけて。

それから、麻生さんに興味を持たれた方、ぜひ↓のリンクから麻生さんのページへどうぞ。
麻生晴一郎のページ

P.S.次の日起きてみてびっくり、500mlの“竹葉青”(山西省の汾酒に竹の葉エキスなどを加えて作られた酒)が空っぽになっていた。んー、これだよ。
[PR]
by t-kume | 2005-11-26 16:06 | 日記・随筆

ご無沙汰ですみません。

記事を貼り付けるばかりで、手抜きですみません。私事ですが、最近マイホームを購入したもんで、その手続きでなかなか時間が取れなくて…。来週頭には「留学連載」の続き書きますよ。
日本の孤立戦略のゆくえ
[PR]
by t-kume | 2005-11-24 19:40

胡耀邦、名誉回復(?)

密かに期待していた11月18日が終わってしまいました。胡耀邦の生誕90周年式典が行なわれたんです。…が、何ほどのこともなく過ぎてしまいました。今日、普段はめったに買わない『法制晩報』という夕刊を買いました。どこどこで交通事故が起こったの、だれそれが捕まったのと、たわいもない(と僕には思われる)ニュースを中心に取り上げてる夕刊なんだけど、恐らく一番売れてる夕刊だと思われるので。北京の普通の人が、この事をどれくらい知れるのかなあと思って買ってみました。

結果は、一ページ目に
「中共中央は18日午前、北京で胡耀邦同志の生誕90周年を祝う座談会を開いた。温家宝が出席、曾慶紅が講話、呉官正が司会をした」
との文があっただけ。中国語で50文字弱。他には何も書かれていませんでした。

インターネットの記事はもう少し内容が豊か。中国語の分かる方はどうぞ↓
中共中央举行座谈会纪念胡耀邦诞辰90周年_新闻中心_新浪网
面白いのが掲示板。胡耀邦の熱狂ファンばかりです↓ 名指しで「T事件」に言及してるものはないけど(そんな事したら削除でしょう…)、どうやら名誉回復だと受け取られているようです。
留言版_新浪网

日本語の分かる中国の方は、日本の報道にも触れてみてください↓
読売新聞 - 胡耀邦氏生誕90年式典、名誉回復には至らず
毎日新聞 - 中国 胡耀邦・元共産党総書記の生誕90周年記念式典
産経新聞 - 胡耀邦氏「生誕90周年」あす開催 規模縮小 事実上名誉回復へ
[PR]
by t-kume | 2005-11-19 00:24

中国人の日本留学①概論

初回の今回は概論を。

日本人の皆様にですが、あなたが留学したいと思った時に、「ひょっとしてビザが下りないかもしれない」なんて心配する事ってありますか? 刑務所のお世話になったことがある人や、某半島の付け根に行きたい人は別にして、先方から入国を拒否される事ってまずないよね。でも、ここ中国ではそうじゃないんだ。どこの国に行くにも、まずビザの心配をしないといけない。ビザ発給拒否の理由は以下の通りです。

1.偽の書類
日本留学に必要な書類として、大体以下の書類が要ります。
・身分を証明し得る物(戸籍簿コピー、身分証コピー等)
・学歴を証明し得る物(卒業証明書原本、成績証明書原本等)
・経費支弁能力を証明し得る物(保護者の在職証明書原本、源泉徴収書原本、預金通称コピー等)
・日本語能力を証明し得る物(日本語能力試験合格証明書、日本語学校在籍証明書、同成績証明書等)
・上記書類が本物である事を証明するための公証書
…が、ここ中国では、この全ての書類についてニセモノが横行しているため、日本の入管局は、ホンモノとニセモノをしっかり審査しないといけない。そこで書類にニセモノが混じっていると判断された場合は、ビザが下りないことになるわけです。だが、ニセモノを見極められなかったり、ホンモノをニセモノだと誤判定してしまったりする事も往々にしてあるわけで、現場に携わってた僕は、なんとも複雑な気分でした。

2.犯罪と不法滞在
日本のメディアでも度々取り上げられているように、在日外国人犯罪の増加と凶悪化が、日本社会の大きな問題になっています。また、凶悪犯罪に走らないまでも、違法風俗で働いて捕まる者、留学と偽って日本に入国しその後トンズラしてしまういわゆる“不法滞在者”なども、大きな問題です。そういうわけで入管局は、入国目的に問題ありと見られる不穏分子を、水際で撥ねなければならない。ただ、書類を見て入国目的の審査をするとなると、どうしても審査官の主観が入ってしまうわけで、納得のいかない判断が下る事もしばしばです。

3.研修生再入国の拒否
日本には、外国から単純作業労働者を、三年を限度に入国させる“研修生”の制度があるんだけど、研修を終えて帰国した人が留学生として再入国を希望しても、まずビザが下りない。もちろん拒否理由として「研修生経験があるから」と書かれることはないんだが、難癖つけてビザを下ろそうとしない。研修中に日本を好きになって日本へ留学したいという学生を受け入れる事は、どう考えてもプラスだと思うんだが、分からん。正直アホかと思う。

結論から言うと、僕は今の日本の入管行政に相当憤ってます。ウ●コちゃん役人どもはタバコでもふかしながら適当に審査してるんだろうけど、それによって人生変えられた真面目な留学希望者を何十人も知ってるから。しかも、審査が下りた後にどれだけ説明しても、聞く耳持たない。日本は一度ビザ発給拒否すると、その名前をブラックリストに載せちゃうので、相当長い期間(三年とも五年とも…)日本に行けなくなる。
同時に、中国の仲介業者やレベルの低い学生ども(もちろんいい学生もたくさんいます)にも愛想を尽かしてます。ニセの書類作りで金儲けをする悪徳仲介業者、金で子供の卒業証書を買う豚成金、日本留学を金のためとしか思ってないクソ坊主、日本行く前から風俗嬢みたいなアバズレ女…。あんな奴らのために毎日残業して書類を翻訳してたかと思うと、萎えるね。あの仕事、辞めてよかった。

お見苦しい文体を失礼いたしました。あの時期の事を文章にすると、ついつい感情が抑制できなくて…。感情的になるのは今回だけにして、次回からはちゃんと書きますのでお許しを。
[PR]
by t-kume | 2005-11-15 20:43 | 中国人の日本留学

中国人の日本留学<はじめに>

新連載開始のお知らせです。僕は、2003年9月から今年初めまで、留学仲介企業で働いていました。その時に思った事なんかを徒然書いて、仲介企業の裏話や日本の入管政策の問題点なんかに触れていきたいと思ってます。

あと、みなさんにご注意。留学生に迷惑がかかるといけないので、地名・企業名・学生名は一切伏せていきたいと思っています。ご存知の方も、コメントで具体的な名前を出さないでください。違反コメントは、申し訳ありませんが、即刻削除とさせていただきます。
[PR]
by t-kume | 2005-11-13 12:03 | 中国人の日本留学

吉野家にて

仕事柄よくタクシーに乗るんだけど(会社のお金で…)、タクシーのラジオでよく某ドイツの会社のCMが流れてる。15秒そこらのCMの間に「ドイツの技術」「ドイツ的デザイン」「ドイツの…」と10回近く繰り返した後、極めつけは

真的很德国!」(もう、ちょードイツチック!)。


さて、ところは変わって中国の吉野家。昨日久しぶりに行ってきました。中国の吉野家では日本のマクドナルドみたいに、お盆の上にチラシを敷いて、その上に食べ物を載せるんだけど、そのチラシが圧巻!右側4分の1ほどのスペースには、

「北京吉野家ファーストフード有限会社は、香港洪氏グループが国際的に有名なブランドに投資して設立した、ファーストフードチェーンです。“良心的品質、健康グルメ”をモットーに、多くのお客様に御贔屓にさせてもらっております。」

そして真ん中に、
「北京吉野家は、中国人自身が経営管理するブランドです。」


牛丼を食べながら、心の中のBGMは長淵だった
♪白地に赤い日の丸 この国をやっぱり愛しているのだ…
[PR]
by t-kume | 2005-11-07 18:07 | 日記・随筆

内閣改造

日本では内閣改造が終わったようですね。こちらでも大きく報道されてます。「ポスト小泉を見据えた重量級内閣」「タカ派内閣」といった指摘は、こっちのマスコミでも大々的にされてます。それはおいといて、日本では触れられない報道をお楽しみください。

今日の『環球時報(北京で買える新聞で、一番客観的な報道をしてると思う)』の最終面に、一面使って日本の内閣改造が取り上げられてました。面白いのは安倍晋三と麻生太郎に被せられた修飾語。
安倍:元首相である母方の祖父岸信介は、A級戦犯の嫌疑のかかった人物。歴史問題では、小泉の靖国参拝を強力に支持しているばかりでなく、「靖国神社に参拝しない者は、首相になる資格がない」とも発言。集団自衛権や対北朝鮮制裁を主張し、日本の民族主義右翼勢力期待の若手政治家である。
麻生:代々続く資本家兼政治化の家庭の出身。麻生家は第二次大戦期、朝鮮人を強制連行して炭鉱を経営し、財産を築いた。朝鮮人の創氏改名について「朝鮮人が『名字をください』と望んだ」、歴史問題について「中韓の歴史観は間違っている。日本はこれを受け入れる事はできない」との発言がある。

日本では祖先に絡めて人を批判する事はタブーなんだろうから、安倍や麻生についてここまで知ってる日本人はあんまりいないだろうと思う。ただ、祖先の事まで知った上で彼らの発言を噛みしめてみると、何かが見えてきませんか?
僕は前にも書いたように、大多数の日本人にとって靖国問題は、本質的には「どうでもいい」問題だと思っている。また、第二次大戦中の不幸な歴史についても、多くの人にとっては「できるだけ触れたくない古傷」であって、わざわざ中韓に反駁する精力のある人は少数派に過ぎないと思う。
靖国に固執する政治家、風化させれば解決する問題をわざわざ蒸し返す政治家は、本当に国民の意思を代表して、国民の利益のために、それをやってるんでしょうか。僕には自分の祖先のために、極めて私的な利益のためにやってるようにしか見えないんだが…。

ちなみに2001年に第一次小泉内閣が発足した時、官房長官は福田、外務大臣は真紀子でした。あの頃は僕も80%の日本人と一緒に、小泉首相を開明君主と信じていたわけですが、何ともむさ苦しい内閣になりましたな…。
[PR]
by t-kume | 2005-11-03 20:19

魯粛伝

硬いものが続いたので、今日は息抜きに古代史の話でも。
魯粛です。三国志通じゃなきゃ知らない名前かもしれない。三世紀、中国が魏・呉・蜀の三国に分かれていたころ(正確には分かれる直前)の、呉の国の宰相です。この時代は魏の勢力が他の二つを圧倒していました。そして、呉・蜀の二国も、荊州(現在の湖北・湖南両省にほぼ該当する地域)をめぐって対立していた。
呉蜀両国で主戦論が大勢を占めるなか、魯粛は仲介のために奔走する。蜀の関羽には脅しをかけられ約束は反故にされ、そのために呉の統領孫権には詰めが甘いと叱責される。華がなく面白みに欠けるためか、後代の小説『三国志演義』では、魯粛は凡庸で滑稽なキャラになりさがっている。
魯粛の願いもむなしく呉蜀は決裂し、その死後二年と立たないうちに呉は荊州に攻め入り、関羽の首を取る。蜀の統領劉備は弔い合戦と称して呉に攻め入るが、痛み分けの末憤死する。その後、魏を引き継いだ晋によって天下が統一されるまで、呉蜀が魏にボディーブローを与えることは、一度もなかった(孔明ファンには異論もあるでしょうが…)。

孫権は晩年に、魯粛が優秀な宰相だったことを認めたうえで、「荊州戦略だけは、奴の失敗だった」と評している。歴史に"if"は禁物だが、もし呉・蜀が荊州問題で譲歩できていれば、そして協同して魏に立ち向かっていれば、あるいは三国志の結末は違った物になっていたのではあるまいか。魯粛は、目先の些細な紛争に拘泥せず、本当の意味での大局が見えていた宰相なのではあるまいか。…と思ってみたりもするのだが、、、
魯粛の墓は、湖南省岳陽に今でもあるそうだ。いつかぜひお参りに行きたい。

「東海の魯粛、北京を行く」
ン~、この響きもなかなかいいねえ…。
[PR]
by t-kume | 2005-11-01 15:01 | 日記・随筆