筆者は北京で旅行を学ぶ大学院生。妻は中国人。明るい話題の少ない日中関係ですが、将来に向けて建設的な提案を行なっていけたらと思ってます。末永くよろしくです。
by t-kume
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山西帰省旅行記“其の二”

2月2日(旧暦正月初五)
北京発太原行N201列車。車内はムーンライトになる前の大垣夜行に乗ったことのある人はあんな感じだと思ってもらえればいい。夜行なので車窓の景色も何もあったもんじゃない。寝たり起きたり話したり食べたりを繰り返すだけだ。列車を避けてバスにしたかった何よりの理由は、原平の到着時間だ。朝5時過ぎ。妻の実家への始発バスは8時頃だろうから、それまで駅の待合室で震えていなければならない。列車が3時間ほど遅れてくれる事を切に切に祈ったが、快調に飛ばしていく。延着は望み薄だ。
ところが朝の4時ごろに妻の姐夫(ジエフー、姉の旦那)から携帯に電話がかかる(以下いちいち「妻の○○」「妻の★★」と書くのは面倒くさいので、「妻の」は省略する)。駅まで軽トラで迎えに行ってやるとの事だ。こんな朝早くに、なんていい人なんだ!!いやー、助かった。
朝5時15分。ほぼ定刻に、零下15度のプラットホームに投げ出される。待合室に駆け込むが、ここもあんまり暖かくない。5時半頃に姐夫が迎えに来てくれた。迎えに来てもらってこういうのもなんだが、軽トラはものすごいオンボロだ。窓は斜めに入ってて完全に閉まらないし、穴という穴から隙間風が入ってものすごく寒い。大人三人が横一列に座るものだから、ものすごく窮屈だ。威勢のいいモーター音とは裏腹に、速度は一向に上がらない。妻の実家までは国道108号線を北に一直線だ。1時間弱の道のりで、一度もカーブがない大平原である。6時半頃“崞阳镇郑家营村”の実家に到着する。妈妈(マーマ、母)が起きて、石炭ストーブに火をくべてくれていた。感謝感謝。

ところでこの家、いろいろ面白いのだ。爸爸(バーバ、父)は左官兼絵描きで、家の壁に山水画や動物画を画いたり、寺に観世音菩薩や関羽の粘土細工を作ったりしている。そんなわけで、この家には壁という壁、門という門に絵が画いてあるのだ。あと面白いのは、直径1メートルはある大鍋。これは山西省でもこの地方にしかない物だそうで、鍋の底で麺や餃子などを茹でつつ、その蒸気を利用して肉まんやら残り飯やらを温めることができる優れ物だ。大人二人でないと持ち上がらないので、洗うのはとても大変なんですが…。石炭が豊富で火力には困らないのと、極端に水資源が不足してるのとで、こういう鍋ができたのかなあと思う(違ってたらごめんなさい)。

あと面白いのが、資源のリサイクル方法。大まかに言うとこんな感じです。手と顔を洗った水で足を洗う。洗濯に使った水は床掃除や雑巾洗いに利用する。これらの水は家の外に捨てて、井戸の周りには撒かない。野菜を洗った水は庭の植物に撒く。食器をすすいだ油の混じった水は番犬や家畜に飲ませる。残飯は番犬や家畜にやったりポットントイレに捨てたりする。石炭ストーブの燃えカスもトイレに捨てて、トイレのゴミは肥料にする。自分で汲み取るのは嫌なので、大抵の家庭は1斤(=500g)いくらとかで(細かい数字は忘れました)業者に売っているようです。などなど、非常に合理的です。

昼前に姐姐(ジエジエ、姉)一家がやってきた。今年小学校に上がる甥の刘鑫(リウシン)がやってくると、僕が子守役になる。昔取った杵柄で(大学時代は子供会をやっておりました)、子供と遊ぶのはお手の物だ。僕と遊べば騒がない泣かないということで、親戚一同からも信頼されている。そもそも僕は方言が分からず、大人連中の話には口を挟めないということもあるんだが…(1対1で話す時は標準語らしき言葉を話してくれるのだが、3人以上での会話になると未だに聞き取るのが辛い)。

昨晩あまり寝ていない事もあり、この日は「朝食+酒→だべり→朝寝→昼食+酒→だべり→昼寝→夕食+酒→だべり→就寝」という典型的寝正月を過ごしてしまった。帰省が遅かった事もあり、正月料理の華の部分はすでに食べつくされてしまっていたが、絞めたばかりの鶏と、近所から買ってきた豚の丸焼き(豚一頭は一家では食べきれないので、食べる時は近所を呼んで切売りするらしい)は最高にうまかった。
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by t-kume | 2006-02-11 15:22 | 日記・随筆
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