筆者は北京で旅行を学ぶ大学院生。妻は中国人。明るい話題の少ない日中関係ですが、将来に向けて建設的な提案を行なっていけたらと思ってます。末永くよろしくです。
by t-kume
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お受験

小5の時の話だから、もう15年くらい前のことです。僕はひょんなことから全国的に有名になった大阪教育大学附属池田中学(池附)を受験するために、N塾に通ってました。

受験まで一年とせまった(せまってない?)ある冬の日、塾の先生が全員いなくなるという話が全校に伝わりました。ライバルのW塾が大量の引き抜き攻勢をかけ、先生が集団移動することになったというのです。
僕を始めクラスメートは、何がなにやらさっぱりだったのですが、お受験に熱心なママさんたちは慌てたみたいで、子供をそのライバル塾へ転校させるママが続出しました。
引き抜きに伴って新しくやってきたT新塾長はさっそく保護者会を開き、生徒の流出に歯止めをかけようと説明をしたのですが、結局ほとんどの学生が出て行ってしまいました。
僕は受験にあんまり熱心でなかったのと、先生に捨てられたような嫌な気分を味わったのとで、自分から親に「転校はしない」と言い、その後もN塾に通い続けました。

塾での成績は下から数えた方が早かった僕なのですが、僕より上の学生が全部出て行ってしまったことで、塾内で池附を受験する唯一の生徒になってしまったのでした。
T塾長をはじめ先生陣も、僕を合格させる事でW塾の鼻を明かしてやろうと考えたのでしょう。その日から手取り足取りの猛特訓が始まったのでした。授業の延長、マンツーマンでの補習、分かるまで丁寧に何度でも教えてくれた。

さて、結果だが、神様は「喧嘩両成敗」の裁定を下したようで…(泣)
今考えると塾の看板として使われてた面もあるのだが、本当に嬉しかったし、N塾に在籍した中3までの5年間は、僕にとって勉強が一番楽しかった時期でもあった。

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翻って、こちらは中国。明日は年に一度の「日本語能力試験」が行なわれます。これに通れば、就職の道も大きく開ける大事な大事な試験です。
今年の9月から、僕は北京の某日本語学校で、1級と2級の試験対策班を任されているのだが、その学生も明日は奮って試験に参加します。
僕は資格を持った日本語教師ではないので、指導にもどかしいところがあったかもしれないが、T塾長の事を思い出しつつ、自分がされて嬉しかった事をできる限りやったつもりです。
学生の一人ひとりが日頃の成果を発揮して、無事にこの難関を乗り越えてくれる事を、心から祈っています。がんばれー。
そして、試験前にこのメッセージが届いちゃった学生がいたとしたら…。ネットなんかしてないで、早く寝なさい。明日は早いんだから。
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by t-kume | 2005-12-03 21:00 | 日記・随筆
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